2018年02月01日

究極の時も「愛からの選択を」

昨年11月の京都でのマイケルのインテンシブセミナーの最終日で,
インナーワークや話された内容は,
どれも私には強烈なものでした。


その中で「究極の時も愛からの選択を」というお話がありました。
命が助かるかどうかわからない,そのような究極の場でも,
恐れからではなく「愛からの選択をする」ということです。

それを選択した場合,二つの道がある。

@ 肉体を失って新しい世界に生まれ変わる
A アセンション(人々の目には肉体が消えたように見える)して上の次元に行く

恐れからの選択は,今の次元にとどまり,
愛からの選択をすると,上の次元へと行くことができる。

大きな変化の中で
恐れからの行動をしない。
肉体は助かっても同じサイクルの中をまた続けることになる。



果たして,そのような状況でも
自分は愛からの選択ができるのだろうか?

到底頭で考えてもわからないことです。
その時になれば分かることですよね。

それには,いつも「愛からの選択」をしていれば
自然とできるものなのでしょう。


最近,ふとこんな感覚なのかもしれない,という体感をしました。

私が住んでいる所は西中国山地のふもと(山陽側)ですが,標高が800m近くあります。

ある日の夕方,太陽が出ているお天気の良い廿日市市内(標高100m以下)から,
我が家に向けて車を走らせていました。
雪道は約1時間半かかります。

明石の峠を越えると雪交じりの天候になりました。
標高が高くなるにつれて吹雪。
国道ですが,家も街灯もない山の中の暗い道を走り続けるにつれ,
視界がどんどん悪くなってきます。

廿日市市内に向けて下ってくる車は,どれも雪をかぶり真っ白。

廿日市市内はお天気が良いので,
吹雪からも解放される,安全な地に向かって
急いでいるようにも感じました。

で,私はどうかというと,吹雪に向かって突き進んでいるような感覚です。
標高が高くなるにつれて吹雪は強まる一方です。

でも,不思議なことに私はこの吹雪を楽しんでいる自分に気づきました。

「暖かく気持ちの良い大好きな我が家が待っている,
そこに必ずたどり着く」
ということを信じている自分に気づきました。

そこには,不安や恐れがなく,むしろうれしい気持ちで
車を運転していました。


その時,もし「究極の時」に遭遇したら,
「愛からの選択をする」ということは
こんな感じなのだろうと,
ふと思った次第です。

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posted by spica-9 at 20:58| Comment(0) | 日記